バングラに来たけどまずはじめに私の今

 

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みなさんこんにちは。

バングラデシュに留学して5ヶ月目、実際は色々あって3ヶ月目に突入したところです。ようやくブログを始めてみました。でも、私基本嬉しかった時は文章に書かず人に言って、辛い時に文章を書いたり、読んだりするたちだからあまり明るい内容のブログにならないかもしれない。そのことを頭の片隅に置いて読んでほしいなと思います。

 

最初は留学した経緯を書くべきなんだろうけど、ちょっと今は公にできない(笑)今回の記事を読んでいけば理由はわかると思います。タイミングがあればちゃんと書きますね。

 

私のバングラでの生活は、案外すんなりなじんで、エクマットラの仕事もしっくりはまって一生懸命やれてるし、周りはサポートしてくれる温かい人ばかりだし、ベンガル語の勉強も楽しい。道にいた人、ウーバーのドライバー、リキシャのおじさん、話しかけても、みんな嫌な顔せず前のめりで話してくれてすごい嬉しいし、現地語で繋がる快感は最高。

 

でも正直ここまで全然精神的に安定した留学生活を送れなかった。ブログも開設が遅れた理由もこれで、前向きなことを、日々の学びを書く気になれなかった。これからまた不安定になるかもしれないけど、とりあえず今は回復したし、書きたいこともたまっているから元気なうちに始めておくことにする。

 

実は、1週間前までは本気で留学をやめて、日本に帰ろうかなと思っていた。周りの人が、「頑張ったね。日本に帰って来なよ」というのを待ってたし、SNSでも助けを求めてしまったし。今までやってた国際協力の勉強もやめて、人助けもやめて、帰ったらいい給料がもらえる大手に就職できるように頑張って日本で一生安定した暮らしをしたいと思っていた。

 

自分の努力ではどうにもならない壁にぶつかって、精神的・体力的に辛いことがやってくる。こんなことが続いて、いつ襲ってくるかわからない恐怖と戦うには、「人を助ける」というやりがいでは正直全然足りなかった。日本にいたら感じなかったこの痛みに勝つほどの覚悟はなかったのかもしれない。やっぱり普通の女の子には無理で、ここで「頑張ったけど〜」って緩んだたすきをかけて帰国して、みんなに「よく頑張ったよ」って言われて普通の生活に戻るのが安パイかもなと。

 

そんな壁ってなんなんだって思うでしょ。答えは「体調と健康」。超普通。拍子抜け。それもそうだ、私がもらった寄せ書きの70%は体調のことが書いてあったし、バングラで気にするなら体調・治安の2つだよね。でも私自身は、これが課題になるとあんまり思ってなかったし、お腹は何回か壊すとか、風邪を数回引くだろうなあくらいのイメージ。治安とかの方がよっぽど怖かった。でも、みんな口を揃えて、体には気をつけてという理由に納得。高熱と腹痛の中バイクで3時間運ばれて、救急車で7時間かけて搬送、毎日来る採血、痛すぎる点滴、1ヶ月バングラで入院して、日本で精密検査、治ったと思って帰ったら週一で嘔吐・腹痛で眠れない夜が来る。

 

ここまでしてここでやりたいことがあるのか。

次が来る前に帰るのが得策じゃない?

 

田舎町で2回目の救急車搬送されて、トイレで痛みに叫びながら思った。

 

尊敬してる友達たちは、オーストラリア、フランス、カナダ、中国に留学してて、すごく楽しそうに見える。もちろんみんなにも課題とか悩みはあるのに、妬みしか生まれない。私だってできるならそんな国に行きたかった。学校の評価だってそっちの方が高いんだから。アメリカに行って、頑張って英語ぺらぺらになって、綺麗な大学で知的なディスカッションしたり、おしゃれなカフェでお茶したり、旅をしたりしたかった。

 

高校の時からやろうと決めて走ってきた道。好きだからとか興味あるとかももちろんあったけど、実は「国際協力」の勉強・行動は私の高校から空っぽだったアイデンティティをずっと担ってきてくれた分身のような存在だった。周りの人から認められるためのツールだった。一つの専門とかって先に決めちゃうとすごく楽だ。「私はこれがやりたい!」って決めて、言っちゃえば、本当にやりたいのか自問自答しなくても、年数と周りの評価、経験が自然についてくる。特にこの分野は、そこそこちゃんとやっていれば、他の分野より褒めてくれる人がいる。「意志が強いよね」とか、「すごいことしてるね」とかのそういうあったかい言葉がもらえる。だから国際協力分野って最近大学でも人気なんじゃないかな。関心が高まっているというよりも。でも、そこに覚悟はないんだ。より良い解決策を〜、持続的な〜、深く研究して〜とかそんな偉そうな言葉に隠されて、本当に自分に辛いことがあった時にしがみつける強さはそこにない。私もそんな強さはないのにふわふわと美味しいところをかじっててた。そして今はもう離れられない、ここから違うとこに行ったら逃げだと思われる、自分持っているものがなくなると思ってる。誰もそんなに他人に関心ないのに。

 

21だし、まだ若いんだからまだどこでもいけるし、何にでもなれるということはわかる。専門ていっても大学の中でちょっと勉強したことでしょ、そんなのほぼ0だよ。それもわかる。でも、私が抱えている本当の課題は、ずっと前からこの分野にいること自体を自分の強み・個性として扱ってしまっているということだ。だから、鎖にいつも繋がれてる気分だし、周りの評価とか考えず自由に好きなことやっている人をうまく受け入れられないんだ。自分は自由になようで、全然自由じゃないから。

 

こんな暗い感情ばっかり書いてしまったけれど、本当に心が踊るような瞬間はこの道の途中にあった。それは嘘じゃない。一昨年バングラで感じた社会に対する涙を伴った透明な怒りが私を離さなかったのも事実。でも、人から認められたいという私の承認欲求を、異国の人の境遇を利用して満たしていたのも事実だ。

 

この1年を(あと10ヶ月か)通して、私が向き合うべき課題ははそれだ。

・人からどう思われるということに支配されずに、本当にこの分野で仕事をしたいのかということ

・人からの評価に自分が支配されないこと

・自分で自分を評価すること

 

自分の強みだと思っていたもの、積み上げてきたものと決別することと向き合うのは難しい。誰もまっさらな記憶のない赤ちゃんには戻れないのだから。

 

10ヶ月後、誰に何を思われても、私の向かっていく先を私が誇れるようにどのような方法があるか探る1ヶ月にしてみようと思う。